何でも見てやろう!瀬戸内海の小さな旅!

瀬戸内海を気の向くままドライブ! 名所、イベント、自然、街並み、建築物、夜景などなど、何でも見て回ります! 写真撮りの旅! 瀬戸内海の歴史的人物・著名人、数々の伝説も紹介していきます。

室積半島(5)普賢寺・普賢菩薩堂(山口県光市室積8丁目1-1)

普賢菩薩堂(普賢堂)の仁王門(山門)。仁王門は寛政10年(1798年)に建立されました(1917年に改修)。木造の金剛力士像(仁王様)が両脇に安置されています。金剛力士像は、最初は普賢菩薩堂に安置されていましたが、拝殿が狭くなったので、仁王門を建立し安置しました。【他の写真】

 

 

仁王門から普賢菩薩堂への参道を望む。仁王門の楼上には仏教開祖の釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ=お釈迦様)を主尊に、左側に光厳童子(こうごんどうじ=修行者・菩薩)、右側に月蓋長者(がっかいちょうじゃ=インドの大富豪)を配して、その両側に十六羅漢(じゅうろくらかん=仏法を護持する16人の羅漢)が安置されています。毎年5月14日、15日に普賢まつりが開催され、この参道や周囲の道路には多数の露店が並びます。今年はコロナの影響で3年ぶりに同まつりが開催されましたが、規模は縮小され、例年約200店もの露店が出ますが、今年は約50店のみでした。同まつりは開祖・性空上人の命日に合わせて江戸中期から開かれています。

 

 

普賢菩薩堂境内の碑。右側が室積性空上人(しょうくうしょうにん=天台宗の僧・普賢寺を開基)の碑、左側が平判官康頼(たいらのはんがんやすより)の碑。【他の写真】

 

 

参道から普賢菩薩堂を望む。参道の途中に堀の上に架かっている石の反橋(そりはし)が見えます。この石橋は寛政元年(1789年)、徳山の石工・浜田屋平左衛門により建造されました。長さ9.5m、幅3m。【他の写真】

 

 

石の反橋の上から普賢菩薩堂を望む。普賢寺は性空上人により1006年に創建されましたが、その後、普賢菩薩を安置するため普賢菩薩堂が建てられました。現在の普賢菩薩堂は天明8年(1788年)に建て替えられ、大正6年(1917年)と平成4年(1992年)に改修されたものです。【他の写真】

 

 

普賢菩薩堂。普賢菩薩が安置されています。性空上人は長い間、普賢菩薩の姿を見たいと思っていましたが、夢のお告げにより室積に滞在しました。すると、室積の漁師の網にかかった仏像が海から引き揚げられました。それが白象に乗った普賢菩薩像でした。

 

 

普賢菩薩堂。仏教の菩薩の一尊である普賢菩薩は、サンスクリット語(古代インドの言語)でサマンタバドラです。サマンタバドラは「普(あまね)く賢い者」の意味で、彼が世界にあまねく現れ仏の慈悲と理知を顕して人々を救う賢者であると定義されています。女性の救済を説く法華経に登場することから特に女性の信仰を集めました。普賢菩薩の絵画・彫像は他にもありますが、室積の普賢菩薩堂に安置してある普賢菩薩像は50年ごとに御開帳されます。次の御開帳は2050年です。

 

 

普賢菩薩堂の周囲の堀にはカメが多数いました。堀の中で甲羅干しをするカメたち。世界中には、ミドリガメゼニガメクサガメ、スッポンなどなど250~300種類のカメがいます。この堀にいるカメは二ホンイシガメとのことです。【他の写真】

 

 

堀の中のカメたち。二ホンイシガメは日本固有種(2種のみ)の1種で、イシガメ科イシガメ属に分類されます。カメは恐竜と同じ爬虫類ですが、ここにいるカメは愛らしい顔でとても可愛いです。通常は淡水の中にいます。雄は甲長15センチ位、雌は甲長25センチ位まで成長します。ちなみに、この堀のカメたちは、10年前、訪ねてきた人がこの堀に300匹のカメを奉納して以来、ここに住み着いたとのことです。【他の写真】

STU48 8th Single「花は誰のもの?」