何でも見てやろう!瀬戸内海の小さな旅!

瀬戸内海を気の向くままドライブ! 名所、イベント、自然、街並み、建築物、夜景などなど、何でも見て回ります! 写真撮りの旅! 瀬戸内海の歴史的人物・著名人、数々の伝説も紹介していきます。

上関城山歴史公園桜まつり(3)古から海上交通の要衝として栄えた上関(山口県熊毛郡上関町大字長島)

【上関城山歴史公園・曲輪跡地から北高台跡の物見台を望む】 今回は上関町(かみのせきちょう)の概略の歴史に触れてみたいと思います。山口県熊毛郡上関町は瀬戸内海の中央部に位置し、古くから海上交通の要衝として栄えた歴史を持つ町です。特に江戸時代には西廻り航路の重要港として、また朝鮮通信使の寄港地としても重要な役割を果たしました。

 

 

【主郭跡の丘・東側遊歩道に黄色い早咲き水仙がたくさん咲いていました】 江戸時代、朝鮮通信使の船が日本へ向かう際に上関に寄港していました。朝鮮通信使に関する資料が多く残されており、上関は文化的な交流の場でもありました。【他の写真】

 

 

【上関大橋から上関海峡の北方向を望む】 室津半島と長島に挟まれた上関海峡は、潮の流れが速いものの、風待ち・潮待ちの港として中世から栄えました。江戸時代には、西廻り航路(北前船など)の拠点として、藩の番所が置かれるなど、海上交通・物流・貿易の重要な港町でした。【他の写真】

 

 

【上関城山歴史公園桜まつりでは屋台やお店も出ていました】 藩主が宿泊する「御茶屋」や、船の出入りを監視・検査する「旧上関番所」が設置され、幕末まで西の守りの重要地とされていました。旧上関番所は県指定有形文化財であり、藩政時代の行政機関の遺構として貴重な建物です。【他の写真】

 

 

【上関城山歴史公園桜まつりでは案内所や休憩所もありました】 上関町内最古の神社である「竈(かまど)八幡宮」では、神亀(じんき)年間(724~729)に長門国二宮が分霊を奉祀したと伝えられています。【他の写真】

 

 

【難波平人画伯(写真は東広島市立美術館のサイトより)】 この上関城山歴史公園のある上関町・長島出身の著名人に難波平人(なんば・ひらと)画伯(1941年~)がおられます。長島(白井田)生まれの難波平人画伯は山口県立柳井高校卒。広島大学教育学部美術科卒。同大学研究生終了。後に広島大学大学院教育学研究科造形芸術教育学講座・教授。洋画家。現在は二紀会委員・監事、広島大学名誉教授。中国文化賞受賞、二紀展文部科学大臣賞受賞、イタリアの国際芸術賞受賞、ルーマニアの国際芸術賞受賞などなど多数受賞。難波平人画伯は一貫して国内外の集落・遺跡などの「世界集落」を描くことで独自の作品世界を創りあげてこられました。学生時代から約25年間、日本全国を訪ね歩き、海岸線の集落を題材に描いてこられました。その後約35年間、世界の集落・遺跡を求め100か国以上を取材して “世界集落の魂” を描いてこられました。【他の写真】

 

 

【「希望の像」(上関中学校校門付近)】 昭和22年に上関中学校の校舎が完成した時に校門付近に造られた「希望の像」です(町役場に問い合わせたのですが作者は不明とのことでした)。3人の生徒は、空を見上げて指さして、希望をもって未来に進んでいく志が感じられます。上関中学校のグランドは上関城山歴史公園桜まつりの駐車場に指定されています。【他の写真】

Altar Klee「ノンブレス・オブリージュ」