【岩国藩鉄砲隊・集結(吉香公園)】 4月29日(祝)の錦帯橋まつりで、岩国藩鉄砲隊の演武が行われました。岩国藩鉄砲隊保存会(牛島正雄代表・会員29名)の鉄砲隊隊員が横山地区の吉香公園に集結しています。観光客も集まって来ていました。

【岩国藩鉄砲隊・隊列を組む(吉香公園)】 隊列行進を行う隊員が一列に隊列を組み始めています。地元のテレビ局も数社取材に来ていました。【他の写真】

【幟旗を先頭に出発(吉香公園)】 隊列を組み終わった岩国藩鉄砲隊は、いよいよ幟旗を先頭に錦帯橋に向けて出発します。観光客もビデオ撮影をしたり、カメラのシャッターを切ったり、手を振ったりしていました。【他の写真】

【岩国藩鉄砲隊・隊列行進(吉香公園)】 隊員は岩国藩藩主・吉川家の家紋「蛇の目九曜紋(じゃのめくようもん)」の旗を装着して吉香公園内を行進して、錦帯橋方面に向かっています。隊員は射撃動作、火縄銃の操作、放ち方(発砲)、火縄、火薬の取り扱い方など厳しい訓練を受けます。【他の写真】

【隊列は錦帯橋の近くまで来ました】 お食事・ソフトクリーム店「むさし」や、お土産「佐々木屋小次郎商店のある広場まで岩国藩鉄砲隊の隊列行進が来ました。錦帯橋はすぐそこです。観光客も岩国藩鉄砲隊の後をついて来ています。

【女性の隊員もいました】 岩国藩鉄砲隊保存会には女性隊員も数人いるとのことです。男性隊員と同じく左肩に4~5kgの火縄銃を担いで、具足(ぐそく=鎧、甲冑)、袴も装着して左腰には脇差(小刀)を差しています。これらの装備の隊員は戦国時代の武士の階級の足軽(あしがる=歩兵)に相当します。【他の写真】

【岩国藩鉄砲隊は錦帯橋の手前まで来ました】 お土産店の「はとや商店」と「はやしたに商店」の間を通過し、吉香公園を抜け出し、「錦帯橋いざない街道」を横切って錦帯橋の入口に入ります。【他の写真】

【岩国藩鉄砲隊は錦帯橋の横山地区の入口を通過して最初の橋を渡り始めました】 錦帯橋は岩国藩3代目藩主・吉川広嘉(きっかわ・ひろよし)公により1673年(延宝元年)に創建されました。【他の写真】

【岩国藩鉄砲隊は錦帯橋を岩国地区へ向かって渡っています】 錦帯橋は山口県最大の大河である錦川に架かる日本三名橋(東京の日本橋、長崎の眼鏡橋、岩国の錦帯橋)の一つです。

【赤い陣羽織の人は隊長(指揮官)です】 錦帯橋は全て木造で、組木の技術により造られており、釘は1本も使用されていません。世界的にも珍しい構造です。

【錦帯橋の中央の3橋を通過しています】 錦帯橋は5連のアーチ橋から成る木造橋で、中央の3橋は無脚のアーチで、橋脚(きょうきゃく)がありません。岩国藩鉄砲隊保存会の会員の羽織の後ろにも・吉川家の家紋「蛇の目九曜紋」が着いています。【他の写真】

【橋の中央から岩国地区に近づいています】 錦帯橋の全長は103.3m、幅員5.0m、中央のアーチの高さは川床から13mあります。橋の右側(南側)の河原のもっと下流で岩国藩鉄砲隊の演武が行われます。【他の写真】

【岩国藩鉄砲隊は錦帯橋(5橋)の最後の1橋を渡り岩国地区の入口に向かっています】 岩国市の「錦帯橋」とは構造が違いますが、中国浙江省杭州市の西湖にも、同名の「錦帯橋」があります。2004年に岩国市と杭州市は友好橋縁組を行いました。2014年4月には両市の錦帯橋麓に友好記念碑を建立しています。
