【ひろしま美術館・コレクション展示(別館地下)】 「ジパング~平成を駆け抜けた現代アーティストたち」の作品群を見て巡った後、別館地下に降りてコレクション展示を鑑賞しました。ひろしま美術館では印象派を中心としたフランス近代絵画と日本近代絵画などを収蔵しています。そのコレクションの中から約80点を常設展示しています。今回は気になった絵画を抜粋して撮影して掲載しました(展示会場内は撮影可ですが作品は一部撮影不可となっていました)。【他の写真】

【「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」(エドゥアール・マネ)】 エドゥアール・マネ<フランス・1832年(天保3年)1月23日~1883年(明治16年)4月30日・享年51歳>。フランスのパリで裕福な家庭(父は法務省の高級官僚)に生まれました。写実主義、印象派の画家の先駆者。代表作は「草上の昼食」「オランピア」「笛を吹く少年」。海軍軍人を夢見てフランスの海軍兵学校を2度も受験しましたが不合格で、後に芸術家の道を歩みました。パリの情景や人物を伝統的な手法にとらわれずに描きました。レジオンドヌール勲章騎士賞。【他の写真】

【「ドービニーの庭」(フィンセント・ファン・ゴッホ)】 フィンセント・ファン・ゴッホ<オランダ・1853年(寛永6年)3月30日~1890年(明治23年)7月29日・享年37歳>。オランダのズンデルトで牧師の家に生まれました。ゴッホは聖職者を志しましたが挫折し、画家になりました。ポスト印象派を代表する画家になり20世紀の美術にも大きな影響を及ぼしました。代表作は「ジャガイモを食べる人々」「ひまわり」「糸杉と星の見える道」。幻覚や発作に悩まされながらも感情の率直な、表現大胆な色使いでエネルギー溢れる作品を描きました。自らの耳を切り落としたり、精神病院に入院したりしながらも作品を描き続けましたが、パリ郊外の静養地でピストル自殺をしました。生涯独身でした。【他の写真】

【「花の輪を持つ農婦」(カミーユ・コロー)】 カミーユ・コロー<フランス・1796年(寛政8年)7月16日~1875年(明治8年)2月22日・享年78歳>。フランスのパリで裕福な織物商人の家に生まれました。写実主義、ロマン主義の画家。代表作「モルトフォンテーヌの思い出」「真珠の女」「青い服の婦人」。フランス各地やイタリアなどの旅行を繰り返し、風景画を描きました。色彩感覚や構図法など近代的感覚を表現して、印象派画家に影響を与えました。人物画も描きました。パリ万国博覧会に作品を出品しグランプリを受賞しました。生涯独身でした。【他の写真】

【「羊の毛刈り」(ジャン=フランソワ・ミレー)】 ジャン=フランソワ・ミレー<フランス・1814年(文化11年)10月4日~1944年(明治8年)1月20日・享年60歳>。フランスのノルマンデー地方のグリュシーで農家に生まれました。バルビゾン派の代表的画家で写実主義。農民画で知られています。代表作「落葉拾い」「種まく人」「晩鐘」。エコール・デ・ボザール(国立美術学校)中退。サロン・ド・パリに初入選。シェルブールで次々に注文を受け肖像画を描き続けました。その後、神話画と「種まく人」が入選。「羊飼いの少女」でミレーの評価が一気に高まり、風景画も制作しました。パリ万国博覧会に代表作を展示し、巨匠の名声を確立しました。その後体調悪化に悩まされながら制作を続けましたが健康状態が悪化し亡くなりました。【他の写真】

【「マイスナー嬢の肖像」(エドヴァルド・ムンク)】 エドヴァルド・ムンク<ノルウェー・1863年(文久元年)12月12日~1944年(昭和19年)1月23日・享年80歳>。ノルウェーのロイテンで医師の家に生まれました。油絵と版画の画家で世紀末芸術、表現主義。代表作「叫び」「マドンナ」。王立絵画学校卒。政府の奨学生としてパリに留学。ノルウェーを拠点として、イタリア、ドイツ、フランス各地で作品を制作しました。ベルリンでは「叫び」「マドンナ」など代表作を描きました。40代半ばで1年間精神病院に入院しましたが、人間の心の闇の世界を表現した作品が多く見られます。【他の写真】

【「パリ、トリニテ広場」(オーギュスト・ルノワール)】 オーギュスト・ルノワール<フランス・1841年(天保12年)2月25日~1919年(大正8年)12月3日・享年78歳>。フランスのリモージュで貧しい仕立屋の家に生まれました。印象派の画家。近代美術。代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」「舟遊びをする人々の昼食」。磁器の絵付け職人から画家志望となりシャルル・グレールの画塾に入塾。エコール・デ・ボザール(国立美術学校)卒。サロン・ド・パリ初入選。後にサロンから離れ印象派のグループ展に出展し続けましたが厳しい評価を受けました。その後再びサロンに応募し次々に入選しました。アルジェリア、イタリア旅行で影響を受けた作品も発表。「アングル風」の作品の後、暖かい色調の女性裸体を多数描きました。レジオンドヌール勲章受章。60歳頃からリウマチと闘いながら制作を続けました。肺充血で死去。【他の写真】

【「曲がった木」(ポール・セザンヌ)】 ポール・セザンヌ<フランス・1839年(天保10年)1月19日~1906年(明治39年)10月23日・享年67歳>。南フランスのエクス=アン=プロヴァンスで銀行経営者の家に生まれました。ポスト印象派の画家。キュビスム、近代絵画の父。代表作「カード遊びをする人々」「大水浴図」「サント・ヴィクトワール山」。エクス大学法学部を中退し画家を目指してパリに出て画塾アカデミー・ジェイスに入塾。その後故郷に帰り父の銀行に勤務しながら美術学校に通いましたが、再びパリに出て絵を描き続けました。サロン・ド・パリでは落選が続きました。40歳頃から制作場所を故郷のエクスに移して、印象派から離れ独自の絵画を追求しました。サロンに入選。その後評価が高まりパリでも注目され始めました。彼の絵が評価され始めたのは晩年でした。その後も故郷で絵画を次々に描きました。若い画家たちも多数彼のもとを訪れました。野外で絵画を制作中に大雨に打たれて肺炎になり自宅で亡くなりました。【他の写真】
